ホームページへ H'80 Article ご感想/ご投稿 '98.08.12 THE HORNETS'80 Web
Uni君アジアを行く!!インドネシア緊急レポート

【前夜まで】
 インドネシア航空ショー(Asia Pacific High-Tech Aerospace Show '98)はやるのか、やらないのか?!

ガラスを割られた銀行
●コタ地区メインストリート沿いの建物は軒並みこんな感じでガラスが割られていた。歩いているのは数人程度。
 経済/政情の悪化に伴い、昨年秋頃からはエアショー参加各社の広告が雑誌上から次第に消えており、インターネット等を駆使した独自の状況分析でも九割九分九厘は中止だろうと判断していたのだが、「中止確定情報」だけを入手できずにいた。このため「国民の意識高揚のために何かをやるんじゃないか?」という期待を捨てきれずに航空券の予約を入れたのが5月9日。
 その後の5月14日をピークとする暴動は皆さんご存知の通りで、出発4日前の6月22日になってようやく「元」ショー事務局より「中止だよ(^^)」とのFAXが届いた。なお同時にベトナム沖の油田開発入札に関する書類やエアショーソウル'98に関する問い合わせの書類などもドサドサと送られてきており、現地の混乱(もしくは担当者の無能さ)を図らずも知る結果となった。
 さぁ、どうしよう? 仕事の都合で海外旅行を直前にキャンセルしたことは何度かある。旅行中止は簡単だが、情報分析の結果をこの目で確認したいという意識が非常に強く出発前夜まで悩んでいた。そして「外国人の安全は保障する」という保安担当大臣のコメントをインターネット上で見つけるにおよび、外務省の海外危険情報が危険度2「観光旅行延期勧告」となっているのを承知の上でゴーサインを出したのだった。
 …前置きが長くなったがこんな話をするのもH80的かと考え、今回の旅を紹介しよう。どうかしばらくの間おつきあいください。

【出発!!】
フライト中のPK-GSFのコクピット
●僕「インターネットで公開してもいい?」機長「ヘンなこと書かないでね。」
 6月26日(金)、成田空港でイザという時のために30USドルを購入した。使わなければ帰国時に円に戻せばよい。手数料や差額は保険料と思えば安いもんだ。昨年のベトナム旅行での教訓とはいえ、こんな準備するのは初めてのこと。ちなみに海外旅行保険には入らず、国際カードの付帯保険だけである。ま、これはいつものことだけど、そろそろ考え直す必要がありそうだ…。
 さて搭乗するGA881便デンパサール経由ジャカルタ行きは少々くたびれた感じのB-747-200だ。ナンバーはPK-GSF、離陸は11:40。乗客は100名程度でその半分以上はバリ島へ行く若い方々。みんな「暴動なんてどこの話?」って感じではしゃいでいる。幸せな国だの〜。
 フライト中にコクピットを覗かせてもらう。前回は確か10年前、パキスタン航空のB-707だったっけ? この分だとグラスコクピットを見るのは何時のことになるやら、なんて考えながら数枚写真を撮らせてもらう。念のため撮った写真をインターネットや雑誌上で公開する許可も得ておいたので、どうか載せてやってください(^^)。
 着陸前、バリ行き20回以上という兄チャンが英文の出入国カードの書けずにいたので内心絶句しながら助けてやった。これまでは日本語の案内があったので苦労しなかったそうだ。そういえば僕のシートの前のポケットには機内誌「5月号」が入っていたな。整備はちゃんとやってんだろうか…(^^;)。
 デンパサール-ジャカルタ間はガラガラに空くだろうと思いきや、現地人利用者で7割強埋まってしまった。なんだかんだ言っても国内の動きは活発なようで、一安心。とにかくも日没直後の19:15PM、スカルノハッタ国際空港にタッチダウン。

【ホテル 一泊目】
 まずは両替。実際のレートは\1=116Rp.程度だが、空港で交換すると\1=85Rp.。現地ではインフレが激しいと聞いていたが、実際の価格が分からないので\15,000を両替する。続いてホテル探しだ。旅行者は少ないだろうとタカをくくってカウンターに向かうと案の定、どこでも部屋が空いている上に2年前に35〜50US$程度だったホテルは軒並み10万〜15万Rp.程度になっている。
 ここで参考までに書いておくが、空港の税関直後(到着客のみ利用可)にあるカウンターの方が多くのホテルを紹介してくれる。空港ロビーのカウンターだと近所のホテルのエージェントが少ない客の取り合いをやっているので、ジャカルタ市内に宿を取るには自分の要望をしっかりと伝える必要がある。
 今回は明日のコトがあるので車で15分のHotel Bandara Jakartaに決める。朝食つき、送迎つきで114,000Rp.の中級ホテルだ。その晩、東南アジアでは初めての経験をした。蚊が一匹しか出なかったのだ!(それも夜半に撃墜(^^)v) さすがは中級ホテルである。朝食に出てきた鶏の足が初期腐敗風味だったことを除けば文句なしだ。

【空港から市内へ】
 27日(土)、朝7時。ホテルから空港へ向かう途中、ホテル様の建物の脇に青い防水シートにきれいにくるまれたUH-1系のヘリコプターを発見。オオッ!と思うが充分な確認をする間もなく車は道路を突っ走る。空港では倒産した(んだよね?)サンパチ航空専用のターミナルAが閉鎖されて、誰もおらずブキミな雰囲気を漂わせている。
Mig-21
●MiG--21。後ろに見えるのが目印となるテレコム(TELKOM)ビル
P-51D
●派手な口を描いたP-51D
ガネット
●ガネット。野ざらしだけど結構マトモなので嬉しい。
PZL-104
●「農業飛行隊(?)」のPZL-104。後席のタンクと散布装置がわかるかな?後ろに見えるのは国産のNU25クナン。
 ガルーダのカウンターで、まずはジョグジャカルタ行きの便のキャンセル待ちだ。ジョグジャにはインドネシア最大の空軍博物館があるだけでなく、近くのソロ市のスリウェダリ公園には単発練習機(ヴァルティBT-13Aヴァリアントか?)が展示されているのだが、3日前に旅行社を通じてジョグジャとソロ行きの便の予約をいれた時には既に満席だったのだ。もちろん、昨晩も空席の確認を行っているのだが…、結局8時の便には僕を含めて10数人が待っていたが6人しか乗れなかった。次の便は3時間半後。空軍博物館は本日13時まで。ムリだ、諦めよう。
 仕方がないので市内の2ヶ所の航空機展示場所に行くことにする。ここからの計画は事前にしっかりと立てているので、行動は素早い。市内連絡バス「ダムリ」には早朝のためか乗客はわずか4名。交通量は少なく、暴動でガラスを割られたビルを眺めながら40分ほどでガンビル駅に到着だ。

【軍事博物館】
 駅前の公園を横切り、大通りでランブータン行きの普通バスに乗れば15分ほどでデビ元大統領夫人宅を改造した軍事博物館Museum ABRI Satriamandala & Waspada Purbawisesaに到着だ。
 アクセスについてもう少し詳しく説明すると、ハイウエイのあるJalan Jendral Gatot Subroto(Jalan =Jl.とは「道」の意。話しが脱線するが、後述のハリム空軍基地内にはJL. Bomber, JL. Dakota, JL. Ilyusin等の名のついた道がある)に入ってから2つめのバス停で下車すればよい。右手にテレコムのノッポビル、左前方にモスクがあり、目を凝らせばテレコムビルの左隣の植え込みに
SAMUH-1Mig-21が見えるハズだ。快速バスPATASを使ってもよいと思うが、エアコン付きのPATAS/ACに乗るとバスによっては高速道路を走ってしまい停留所には止まらない(道路の中央部が有料のハイウエイ、その両脇が一般道となっているのだ)。
 なお、ほとんどのガイドブックには「普通バスに乗車の際にはスリに注意」と書いてある。ではタクシーで、と言うと、これまた「ドライバーが強盗と化す場合があるので注意」と外務省からの注意があったりする…(^_^;)ゞ。いずれの交通手段を使うにせよ、充分な注意と安全対策が必要だ。
 さて道路沿いの機体を撮ったら、入場料(1000Rp.)を払って博物館を見学しよう。本来ならカメラ持ち込み料が必要なのだが、「館内では撮らない!」と払っていないので、いくら取られるのかは不明だ(恐らく2000Rp.程度)。
 館内には独立までの経緯をジオラマや絵画、模型で展示してあり、小型火器類や魚雷などの展示もかなりある。裏庭に出るとお目当ての展示機群があり、こちらはガンガン撮りまくる。機体のほとんどは日除けドームの下になっているので、28〜35ミリレンズとストロボ使用というスタイルがよいだろう。機体については別項を参照して欲しい。
 2時間程度をかけてゆっくりと博物館を見学して12:30。暑くて食欲はなく、博物館のスナックで缶ジュースを飲んでひと休み。

【タマン ミニ】
DC-9
●TMIIにあるDC-9。機内は冷房が入っていて昼寝するのに丁度よい。
 続いてTMII(タマン ミニ インドネシア インダー。現地では「タマンミニ」で通じる)へ行く。ここはインドネシアの全ての地域の伝統/文化を一ヶ所に集めたテーマパークだが、民間機が数機展示されているのだ。
 軍事博物館前からバスに乗り、まずはKPランブータン(バスターミナル)へ向かう。途中、右手にC-47を発見!! 慌てて地図におおよその位置をプロットする。詳細確認は明日、今日はTMII調査に専念する。
 40分ほどでランブータンに到着、ここでミニバスを捕まえて(モタモタしていると他のバスに捕まってしまう(^^;)。積極的にバスを「捕まえ」よう)10分程度でTMIIだ。2500Rp.の入場料を払い、園内中央部にある交通博物館へまっしぐら。その態度に園内の係員が「前にも来た事があるのかい?」。とんでもない! 初めてだヨ
 交通博物館(入場料別途1,000Rp.)の道路脇には元ガルーダ航空のDC-9-32、博物館建物近くにビーチB19、館内にエアトレーナーT6-24が展示されていた。DC-3もあるはずなのだが、これだけが見あたらない。なくなっちゃったかな?
 屋外レストランで遅い昼食をとってから園内ロープウェイ(往復5000Rp.)で入り口右手のA駅-池の反対側のB駅-入り口左手のC駅と一巡して、上からの雰囲気を楽しむと、あった!! B-C駅間の中央付近、池をはさんで交通博物館の反対側にDC-3を発見!しかし16:30と閉館時間が迫っている上、天気が悪くてかなり暗くなっていたので諦めて市内に戻ることにする。

【ホテル 二泊目】
 2年振りの安宿街JL.Jaksaでホテルを探すが、庭先に椅子を出して夜遅くまで客が涼んでいた各安宿に人の気配はない。通りには屋台が並び、そこそこの人通りはあるが外国人バックパッカーの姿は皆無に近く、わずかに見かける欧米系の客もレストランやバーで長居せずに帰ってしまうので店は開店休業状態だ。一度泊まってみたいと思っていたHotel Le Margotで料金を尋ねると前回来たときは35US$だったのが115,500Rp.。値切りもせずに宿泊決定する。

【TNI-AU Survanto】
C-47
●空軍Sarvanto基地のC-47。撮ってもいいのかな(^^;)?
 蚊のいない快適な夜を再び過ごし(もう、二度と安宿には泊まれないかもしれない)、7:10出発! 近所のマクドナルドで朝食を取ってから、昨日見かけたC-47を探しに行く。普通バスに乗って軍事博物館からJL. Jendral Gatot Subrotoをハリム空港方面へ行くこと約4km。鉄道を渡り、すぐ右側にそびえ立つBANK RATUのノッポビル。その隣にC-47が見えた!! 直ちにコインで窓枠をカンカン叩き「キリ!!(左へ!)」と叫んで止めてもらう。
 ここはTNI-AU(空軍) Survanto。建物だけの施設のようだ。機体は道路を向いて展示されており、50ミリで右斜め前から正面にかけて撮影可能。S/N T-459から1994年にすでに確認されていた機体であることが分かる。周囲に何か立て看板があったけれどインドネシア語はわからん。撮影禁止かどうか知らないけれど、まずはガシャガシャ撮りながら前を通り過ぎ、建物の裏手にまわる。フィルムを交換して道を戻り、再びガシャガシャガシャ…っと、ミッション終了!
 時計を見ると8:55だ。ヨシ、再度TMIIへ行ってDC-3を撮るぞ!

【TMII再び】
DC-3
●TMIIのDC-3。機体番号RI-001と書かれているが、軍事博物館にもDC-3/RI-001が展示されている(^^;)。
 もう慣れたものでランブータンに行く手前でバスを降り、ミニバスを捕まえる。この辺は「Uni君、サ〜スガぁ!」と言ってもらいたい所である(^_^;)ゞ。
 で、サッサとDC-3をカメラに納めたのが10:30ごろ。屋台で軽く食事をすませ、ランブータンへ戻る。

【コタ地区を歩く】
 いよいよ今回の旅行のメインである暴動跡の見物だ。ランブータンからコタ行きのバスで一気に現地に向かう。
 今回の暴動で最も被害の大きかった中華街のあるコタ地区。モナス前からコタ駅に至るJl.Pintu B. Sel., Jl.Hayam Wuruk/Jl.Gajah Madaをバスは一気に駆け抜けるが、この間約2.5kmにある店のうち、開いているのは日用雑貨店が20軒ほど。あとは全て何重にも鍵をかけて閉まっており、さらにほとんどの店は3階あたりまでガラスが投石で割られていた。そして10数軒に1軒程度の割合で放火された家が存在する。
 コタ駅でバスを降り、この通りを中心に歩き回ったが歩道は割れたガラスの破片で一杯だ。周囲には人の住んでいる気配(洗濯物、水を流す音、どなり声、子供の遊ぶ姿など)が全く感じられない。多くの犠牲者(略奪中に放火され焼死した)を出したグロドックショッピングセンター、道路上のショッピングブリッジ、反対側のグロドックプラザが無惨な焼け跡をさらしている。
 それでも大通りを行き来する車は多く、場所によっては閉ざされた商店の前に現地ジャワ系インドネシア人が出店する日曜雑貨やCDを売る屋台がいくらか出ていた。
コタ地区の商店街
●コタ地区メインストリート沿いの商店街。日曜の昼下がりだが全店休業のゴーストタウン状態。家の作りを見て「華僑の町」と思った方は「通」です。
 グロドックプラザの近くに警察軍(Polisi)が前部に排障機を装着したトラックの荷台に12名の隊員を乗せて待機しており、一瞬緊張が高まったが、周囲を警戒している様子はなく、また銃を持って分散警備するでもなく、手榴弾1発を投げ込めば全滅できるような状態だ。彼らは何かが起こるとは考えていない!。嵐の去った後を警戒しているだけだ。…そう感じて、今までの緊張が一気に解けた。
 1時間ほど歩き回り、12:30頃にはJakarta Tower Hotelの1Fにある中華料理店で昼食にしたが、昼食時にもかかわらず華僑系のグループが3組と単身者が一人者がいただけだった。とにかく緊張をほぐすためのビールと飲茶を腹一杯詰め込んで日本円で600円程度。この時だけは「来てよかった〜(*^^*)」と感じた。

【ハリム空軍基地調査断念!】
 食事を終えたのは14時近く。18時には空港に着いていたいし、お土産も買いたいが、もう少し動くことができそうだ。
 そこでバスに乗ってハリム空港/基地探しに出かけたが、あと少しという所でスコールに見舞われバスの中まで吹き込みでグッチャグチャ。たまらずバスを降りて店の軒下で雨宿り…。1時間もすればきれいに晴れるのだろうけれど、もう時間がない。今回の調査はこれにて終了だ。タクシーを使えば何一つ苦労せずともハリム空港に行けただろうが、一般バスで現地人とふれあう「旅」を楽しみながら行くのも僕の趣味なので悔いはなし。

【市内から空港へ】
Le Margotにて
●Le Margotにて。2年前は\3800、今\1300。蚊がいない! エアコンつき! ああ、なんて快適なんだろう!! もう安宿には泊まれない…。
 ガンビル駅からダムリに乗ったのが17時過ぎ。バスは再びコタ駅周辺を走り抜け、空港に向かう。行きとは違うルートの様だ。コタ近くのハイウエイJembatan Tiga, Tan Dua, Dr Lautumetenあたりの「きれいなガラスを張ったビル」は軒並み投石による被害を受けていた。この周辺では信号がありそうな交差点に信号がないところが多い。信号の基部と思われる台座の名残が見えるので、暴動時に倒されたのだろう。それでも渋滞は大して起きていなかった。

【ただいま!】
 帰りのGA880B-747-200/PK-GSE。ほぼ定刻の20:53にプッシュバック。途中デンパサールで何にも知らない幸せな日本人を6割方乗せて29日8:54に成田に着きました。現地滞在わずか49時間だったけれど、いや〜、ホントに無事帰ってこられて嬉しかったわぁ!!
 何事もなく帰って来るとゲンキンなもので、安くてよい宿とうまい食事とジョグジャの博物館を目当てにまた行きたくなってくる。ルピアが暴落し続けている間に行くとするか…(^^;)。
 最後に今回の旅行での航空券は往復で\66,000現地で使ったのは\6000程度(うちホテル代\2700程度)でした。
【解説:軍事博物館Museum ABRI Satriamandala展示機】

 状況は「航空情報」誌'97/5月号に紹介されているので参考にして欲しい。

<<前庭>>
  • Mig-21F / 2164、昔は尾翼を黒く塗り、赤い稲妻を描いていたけれど、今は銀地にナンバーと300sqn.?のエンブレムと国籍マークだけ。
  • アグスタベル 204B / H-2068 / TNI-AU(空軍)、機体右側下の透明部分が破損している。
  • 航空機ではないがSA-75対空ミサイルスチュワートM3A3Meriam 102mm SA砲Panser M8が周囲に展示されている。
<<裏庭>>
  • フェアリーガネットAS4 / AS-00、状態はかなりよい。
  • Mi-4 / HA-5007、陸軍のもの。
  • B-25Jミッチェル / M-458、ドームがないのは以上の3機のみ。
  • DC-3 / RI-001 Indonasian Airways塗装。
  • Pesawat WEL-1 ナンバーRI-X。レプリカだ。
  • NU-25 Kunang / 04, 国産機のようです。
  • PZL-104 / ST-1410, 空軍の「農業飛行隊」機で、薬散装置を持ってます。
  • Piper L-4J / R-344
  • AT-16 / B-416
  • P-51D / F-347。シャークマウスが素敵。
  • 満州キ79 二式高等練習機。
  • 立川キー9 九五式一型練習機。
  • 有翼対艦ミサイル 海軍コーナーに展示。
 
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