| ' 06/02/04 THE HORNETS'80 Web |
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| <Special> 映画『ダーク・ブルー』とセロニアス・モンク by がらんどう様 |
| ■ダーク・ブルー DARK BLUE WORLD | |
| 2001チェコ/イギリス 112分 ◎DVD 監督:ヤン・スヴェラーク 出演:オンドジェイ・ヴェトヒー、クリシュトフ・ハーディック、タラ・フィッツジェラルド 航空機:スピットファイア、B-25 書籍:ズディニェク スヴィエラーク『ダーク・ブルー この空に君を想う(角川文庫)』 偏見に満ちた(^_^;)断言をしてしまいます。この映画、スピットやケッテンクラートが出て来ますが、断じて戦争映画ではなかったです。飛行機だけが観たい、『空軍大戦略2002!』が観たい、というだけの飛行機マニアの方には多分肩すかしでしょうし、またそういう人に、理解できないまま変に半端に知って欲しくもないです。シチュエーションとしては、BBC製作のテレビドラマ『Piece of Cake』(邦題『フライトジャケット』 編注:DVD『バトル・オブ・ブリテン』)に似ていますが、あちらはきちっと戦争を描いた(戦時のパイロットとはどういうものか、戦時の恋愛とはどういうものか、などなど)作品ですので、『ダーク・ブルー(・ワールド)』と比較するのは、そもそもナンセンスでした。 そうなんです、『ダーク・ブルー(・ワールド)』は、俯瞰的な史観で描いた戦争パノラマではなく、あくまで亡命チェコ義勇兵が、どのように英国で戦い、部下と過ごし、報われぬ恋をし、そして共産国になった祖国に裏切られるか、という私的な歴史なんでした。また、対象から言えば、男と女と犬と飛行機、の映画かな。 『ダーク・ブルー(・ワールド)』は、ただ2時間という映画時間に納めるるための文法として叙事ではなく叙情を取った、とも思いません。やはり、フランタという祖国の歴史に翻弄されたパイロットの個人史なのであって、その個人史の向こうに壮大な故国の歴史が透けて見えれば良いではないか、そういう地平線の上の映画だと思います。ヤン・スヴィエラーク監督(脚本は父親のズデニェク・スヴィエラーク)の、「なあ、そうだろ、じっちゃん達?」という声が聞こえてきそうな気がします。 なお、森と牧場が非常に美しかったのは(特に英国製のピース・オブ・ケークに較べて)、撮影がチェコのボヘミア地方だったからのようです。木々の緑が、ものすごく深い色合いでした。飛行場はソ連崩壊前はミグ戦闘機の基地としていた、と中村浩美氏が、パンフに書いていました。またドーバー海峡の、英国側:白亜の崖(チョーク)のシーンは南アフリカ空軍の協力で南アフリカでロケされたらしいです。そういわれると、白い崖の高さが若干低いような? でもこれだけ深い色合いの映像美というのも、最近なかなかお目にかかれないのではないでしょうか? それから、出資したついでに、邦題を決めた宮崎駿監督、邦題を変な和訳にしないのはいいですが、原題の一部をカットするのは、誤解を招くので良くないと思います。 さて、最後に、ピアニストでもあるパイロットのマハティが繰り返し弾く、印象的なテーマ音楽。観たときから思っていたのですが、このテーマの前半分のフレーズは、モダン・ジャズの大御所、セロニアス・モンクの「ブルー・モンク」そっくりに聞こえるのです。私は1940年代のジャズと言えば、欧州戦線の真っ最中に墜死したグレン・ミラー・オーケストラに代表される明るいビッグ・バンド・ジャズしか無いものと思っていましたので、この時代にこんなモダンなメロディが有るのか?と、いささか驚きました。音楽担当のオンドジェイ・ソウクップは音大出で、ジャズ・ロック・クラシックをみな勉強し、ジャズ・バンドに参加もしていたので、モンクは良く知っていたでしょう。ただし、そうはいってもモンクから直接採譜してきた訳は無いですし、あのメロディがチェコのトラッド・ルーツなのか、はたまた逆にモンクが東欧の音源も勉強していたのか、あるいは単なる私の「空耳アワー」なのか、そこらへんは残念ながら浅学にして不明です。しかし、モンクは1920年生まれで43年にはすでに、ジャズの大革命というべきビ・バップ発祥の地、ミントンズ・プレイハウスの専属ピアニストとして登場していました。ここでケニー・クラークとか、パーカーとかガレスピーといった強者たちが、歴史的なジャム・セッションを繰り広げていた横で、モンクはひたすら己の世界観で、あの独特な、たどたどしいタッチのピアノを弾いていたのです。距離の問題や時代考証からいっても、パイロットのマハティがモンクを知っていたとは思えませんけれども、オーケストラのための曲を数人のホーン・アンサンブルに編曲していましたから、ビッグ・バンドでないジャズが存在していたこと位は分かっていたのかもしれません。その過程でたまさか戦場にビ・バップの萌芽が見られた、などというたわいもない空想も楽しいものでは無いでしょうか? 【2006/02/04・がらんどう 様】 |
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