| ' 04/05/06 THE HORNETS'80 Web |
| C&V | 放熱シネマ&ビデオ・クラブ |
| ヒコーキ映画の魅力を語り、情報交換するためのコーナーです。お薦めのヒコーキ登場映画、ビデオなど、情報をぜひご投稿ください。 |
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'04/05/06追加 カントリーボーイ様からメッセージをいただきました。ありがとうございます。 |
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'01/05/13追加 『世界の空軍』は私がつくりました…何と当時の関係者の松林様からメールをいただきました。感謝感激です。
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| 私がこのコーナー「放熱シネマ&ビデオ・クラブ」を作ったときにやりたかった企画が、ひとつはすでに皆さまのご参加をいただいている投票企画(予想通り『トップガン』が強いですが、意外と『空軍大戦略』なのでちょっと驚いています…)と、この『世界の空軍』情報募集なのです(^-^;)。 『世界の空軍』は、'76の東映作品。'76と言えば、ベレンコ中尉のMiG-25が函館に飛来した年で、私のヒコーキ好き人生の始まった年と言っても過言ではありません。ってその4年後にはH'80ができているわけですけど…そう考えると早いねー;;。 それまでは比較的軍艦の方に興味があって、ご多分にもれずウォーターライン・シリーズにはまっていたクチなのですが、この事件を契機にジェット戦闘機のとりこになってしまいました。父親がすでにヒコーキ大好き野郎で、家に昔からの資料がゴロゴロしていたのが幸い…いや大きな災いの元凶と言えましょう。『世界の空軍』も、父に連れられて、友達と錦糸町の映画館に行ったのではないかと思われます。いや銀座だったかも知れない。 '70年代後半当時、スーパーカー・ブームに続いて戦闘機?…という動きもあったようで、他にも、以下にご紹介するような似た映画が多数公開。また「水曜スペシャル」といったテレビ特番でも、空軍や海軍ものが多数放映されていました。 ヒコーキ的にもF-14/15が最新鋭の時期からYF-16とYF-17のLWFが決着したり、ハリアーIIやB-1など個性あふれる機種が登場していた最後の頃かもしれません。 しかし、このあたりの日本だけのコネタって、意外とインターネットでも情報が少なく、さらに購入したパンフレット(子供だったので汚したり切り抜いたり落書きしたり…泣けます)にも、公開年度すら書かれていない始末! 飛行機の紹介に終始しているんですよね。 というわけで、『世界の空軍』ならびに似たコンセプトの映画(下記の他にもあるかも)の情報をお持ちの方、ぜひご教示ください。 ■
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インターネットで「『世界の空軍』よ再び…」を見つけ、なつかしく思い投稿しました。このサイトにある『世界の空軍』『世界の戦略兵器』『世界の空軍ドッグファァイト』3作は私がつくりました。(世界の戦略兵器の構成:松本明とあるのは私の事で、松林明のミスプリントです。当時プログラムの印刷が終わってから発見し、悔しい思いをしました。) また、他の2作の成立事情も多少知っています。そこで、もう20数年も経ちますが、当時を回顧して少しお話したいと思います。 『世界の空軍』制作当時、私は東映に入社数年の新人で、子会社の東映ビデオに出向していました。この映画の発端は、サイトにもあるように、10分の8mmフィルムでした。東映ビデオは今でこそ、ビデオソフトのトップメーカーの一つですが、当時はまだ家庭用ビデオが普及しておらず、劇映画やドキュメンタリーを10〜15分に編集した8mm映画ソフトで食いつないでいました。 映画が封切られる1〜2年前のことです。当時航空自衛隊は次期主力戦闘機FXの選定作業に取り掛かっており、それへの売り込みのため、各メーカーの日本支社や商社には、大量のデモンストレーション・フィルムがあるとの情報を航空関係者から偶然聞きました。(候補はF-14、F-15、YF-16、ビゲン、ミラージュF1の5機種だったと思います。) 早速何本か取り寄せて試写をすることにしました。当時は最新の軍用機の性能テストなど、トップ・シークレットと思われていた時代です。どれも仰天するような内容ばかりです。そこでそれらを集めて、航空マニア向けに8mmソフトを作ろうという案がたちまち持ち上がりました。そして、社内でも子供の頃から大のヒコーキマニアとして知られた新人の私が、構成・編集をすることになったのです。こうして、まず8mm版が発売されました。 ちょうどその頃、1本のアメリカ製劇場用ドキュメンタリー映画が封切られ、多少評判になっていました。『ブルーエンジェル』というタイトルで、全編米海軍のブルーエンジェルス(機種F-4)のデモフライトという、とてもマニアックな映画です。その成功に刺激され、会社の上層部が、8mm版で集めたフィルム素材を基に、劇場用ドキュメンタリーを作ろうと言い出しました。長編の劇場映画となると、さすがに新人の私だけにまかせるのは不安と思ったのか、監督に日活出身でドキュメンタリーに強いベテランの河辺和夫氏(現在は故人)を起用し、私は飛行機のことはまるで知らない河辺氏を補佐する形で制作の中枢で実務を担当しました。 製作中、ソ連系の友好貿易商社からソ連の軍事フィルムも入手できたことで(当時鉄のカーテンの向こうの軍用機の情報は極めて少なく、著名な航空評論家でさえフィルムに登場する機種を全て正確に指摘できる人はいませんでした。)、内容も一層充実させることができました。 映画が完成し、公開の日がきました。普通関係者は、封切り日には劇場にでかけ反応を見るものですが、私はこんなマニアックな映画は当たらないだろうと高をくくり、家におりました。ところが招待券をやった当時小学生のいとこが、満員で1回目には入れなかったといってきたのです。 FXの売り込みが長らく新聞の話題になっていたのに加え、函館のMiG事件(映画には飛行中のMiG-25の初映像もあった)、ロッキード事件の発覚などで、追い風が吹いたのだと思われます。 結局この映画は、3〜4千万円位の制作費で、最終的には2億円近く稼いだはずです。 『世界の空軍』が大ヒットすると、早速第2弾をやれ、ということになります。しかし、軍用機は車のように毎年新機種が出るわけではありません。私は悩んだ挙句、海軍や陸軍の兵器も取り入れて、現代の最新兵器の総まとめのような映画を作ることを提案し、その案が通りました。ところが、ここで寝耳に水の事件が起きました。ライバルである松竹が、突如『世界の最新兵器スーパーウェポン』という映画の製作を発表したのです。実際の製作はテレキャス・ジャパン、『世界の空軍』で一部フィルム集めを依頼したエージェントです。次は兵器だから、またよろしくと言った直後のこと。すっかりノウハウを盗られ先を越されてしまったのです。 会社首脳は怒り、敵より先に作って出せとの命令が私たちスタッフに下りました。私も競争心から突貫作業に突入しました。フィルムの所有先には先陣争いが続きました。時には相手が押さえていたフィルムを奪い取る、または奪い取られるなどということもしばしば起こりました。フィルムを求めて欧米を駆け回り、徹夜の編集作業で何日も家に帰れない日が続きました。 そんな甲斐あって映画は松竹より先に完成し、東映の邦画系で、千葉真一主演のゴルゴ13の併映作品として公開されました。本当は前作のように洋画系で公開したかったのですが、東映には洋画系のチェーンがありません。洋画系の場合は松竹・東急系のチェーンに出していたのですが、松竹はすでに前述の作品の公開を決めています。東映の邦画系はヤクザ映画の固定客が中心なので、この種の映画は向かないと見られていましたが、いたしかたない選択でした。 さて最後の『世界の空軍ドッグ・ファイト』です。3匹目のドジョウを狙ったもので、確かにこの頃になると鮮度が落ちてくるのは否めません。おっしゃるように「金返せ」といわれても仕方ないかもしれませんね。この作品は河辺監督の遺作となってしまいました。(サイトにあるもう1本の『テイクオフ』という作品を作った舛田監督は河辺監督の師匠にあたり、このような映画をつくったのは河辺氏の影響も多分にあったのではないかと思います。) 河辺監督は製作中に癌で倒れられ、実質的にはほとんど私が仕上げました。私はかねてより戦闘機の魅力はやはりドッグ・ファイト=空中戦にあると考え、リヒトホーフェンの活躍した第一次大戦から、第二次大戦、朝鮮、ヴェトナム、そして現代の最新鋭戦闘機と、空中戦の歴史を描きたかったのです。ところが材料が足りず、他の要素も入れてしまったので、テーマが徹底しなかったのでしょうね。 なお、この作品は営業の意向で洋画風に仕上げたいということで英語のナレーションを入れましたが、ナレーターは在日米人の素人で、『男はつらいよ』の英語版にもレギュラーで登場する人物です。 以上が簡単な回顧談です。私はその後東映を退社し、今は独立してテレビのドキュメンタリーをつくる会社を設立し、自然番組ばかりをつくっています。 ■
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| このページをみて、自分以外にも「世界の空軍」のファンがいたのを知りびっくりです。シーチャン・ブラザースの「愛の翼」、「ソニック・ブーム」というふたつの曲が無ければこの映画の魅力は半減していたはずです。個人的には、ミサイルで撃墜される戦闘機のシーンが切なくて、忘れられません。 かつて、よく聞いていたサントラ盤(シングル)を出して20数年ぶりにステレオで聞いてしまいました(かなりのカビが)。やはり長戸大幸氏の曲がイイですね。ちなみに私は町田の映画館で観たような気がします。 【2004/05/06・カントリーボーイ 様】 |
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